ジョン・レノンとオノ・ヨーコの馴れ初めとは?現在は?

今回は「ジョン・レノンに最大の影響を与えた日本人女性!」

オノ・ヨーコ

について超分かりやすく解説していきます!

オノヨーコとは?

名前:小野 洋子

生誕:1933年12月18日

解説:東京都生まれの彼女。お父さんは銀行員で、お母さんは安田財閥創始者の孫であったりとにかく超お金持ちの家の出身です

幼少期から大学生まではアメリカと日本を行ったり来たりして過ごします。

ジョン・レノンは三回目の結婚?

1956年大学在学中に一柳慧さんと結婚。この頃、前衛芸術家として活動を開始します(観客が彼女の服を切っていく「カット・ピース」や言葉による作品集「グレープ・フルーツ」などが有名です)。

1962年米国の映像作家アンソニー・コックスさんと出会い、一柳さんと離婚。

翌年結婚。キョーコさんという娘さんをもうけています。

ジョン・レノンとの馴れ初め

1966年ロンドンの個展「未完成の絵画とオブジェ」の開催前日に訪れていたジョン・レノンとついに出会います。

ここに展示されていた「天井の絵」という作品にジョンは強く惹かれます(部屋の中央に白い脚立が置かれており、観客はそれを昇り天井からぶら下がった虫眼鏡を使って、天井に貼られたキャンパスの小さな文字を見るという作品で、そこには小さく「yes」と書かれていました)。

ジョンがヨーコのパトロンになるような形で、共に芸術作品を作るなどして親交を深めます。

1969年コックスさんと離婚すると、同じ年にそのままジョンと結婚。ジョンの方が7歳年下です。

一柳慧さん

「ビートルズを解散させた」?

1971年ビートルズが解散すると、その原因がヨーコにあるというバッシングを世界中から受けてしまいます。(当たり前ですがそんなはずはなく、ジョンだけでなくポールも後日否定しています。)

しかしそんな風潮に疲れてしまったのか、1973年に二人は別居してしまいます(ジョンはこの時期を「失われた週末」と呼んでいます)。

復縁のキューピッドはエルトン・ジョン?

1975年1月、エルトン・ジョンのコンサートにジョン・レノンが参加したときに、二人は再会。愛を確かめあい、同居生活をリスタートします。

同年10月に長男ショーン・レノンが誕生。

ジョンはそのまま80年まで養育期間に入ります(公式な音楽活動は一切しませんでした。今でいうイクメンですね)。

ジョンの死~現在

1980年12月、世界中に衝撃のニュースが流れました。

ジョン・レノンが熱狂的なファンに撃たれ、死んでしまったのです。享年40歳でした(ヨーコも銃を向けられましたが間一髪で逃れたといいます)。

それ以降の数年を、ヨーコは「私とショーンは雪原の中に二人だけで取り残されたようだった」と語っています。

2008年からプラスティック・オノ・バンドとして音楽活動も行っていましたが、今は体調を崩し車いす生活を送っています。一部では「認知症」にかかっているとも報道されていますが、公式な発表はありません。

彼女は「ジョン・レノンの奥さん」というイメージがとても強いのですが、アーティストとしてもとても大きな才能の持ち主です。一部には「ヨーコと出会って以降のジョンは、一度もヨーコを超えられなかった」という批評家もいるほどです。

彼女の発表した作品を見てみるなどして、その真偽を確かめてみませんか?

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